京鹿の子絞振興協同組合 京都繊維商工名録
京都絞工業協同組合
技術保存の作業を初めて半年、あれこれ資料を整理・収集してたら1950年に染織新報社が発行した名簿が出てきた。 長い統制時代から終戦後の1950まで混乱の時代を経て、京都の繊維業界で昔日の伝統にいち早く複帰した各社が、その存在を知り合い有機的連絡を密にするため明快な資料を切望した。 京都で初めて製糸業から小売業に至るまで一万社以上を対象に編集されており当時の業界が高度成長に向う意気込みを感じさせる。 資料内の京都絞工業組合員は109社(現在の製造卸部会)で、およそ現在の5倍。
京都の鹿ノ子絞り業者の団結ははやく、明治十八年頃商業初の組合として綵纈組合、工業初の纈絞組合がほぼ同時に設立されている。 またこれとは別系列に江戸末期から髪飾りとして盛んに用いられた手柄の製造者(絞り裂を使用)があり明治41年から京都小間物化粧品卸商同業組合を設立して活動を始めている。
昭和になり15年2月に131社の組合員があったが大戦後は31社に減少、大別して三業種に分けられる。高級呉服取扱業者・兵児帯取扱業者・小物取扱業者。
(京鹿の子・美と伝統 京都絞工業組合ー参照)
平成22年現在、京都絞工業協同組合を統合して京鹿の絞振興協同組合として活動しており、組合員は製造卸部・生産加工部の意匠部門(下絵・絞括) 染織部門(染め分け・浸染) 仕上げ部門(湯のし)約100社(職方も一社とする)で構成されている。