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人形遣い師 吉田勘彌氏が『お半』役で文楽人形『結』を舞台にあげて頂きます。京都信濃屋の娘、お半(14歳)が、隣家帯屋の主人長右衛門(38歳)と共に桂川にて心中?第三者殺人絡み?と少々サイコな内容ですが、、、曽根崎心中と同様、実話からの物語のようで。(因みに私は幼年期、桂川付近苔寺の山里近くで育ちましたので、桂川は皆のプールでした)総絞り衣装『結』を制作した我々に取っては.結末が少々悲しすぎますが、、、そこは、勘彌氏に悲しみサイコ性を超えた優美さを表現して頂ける事を楽しみに観に行こうと思います。2016年に京都宝鏡寺門跡様にて、『お七役』でデビューした『結』。その後、日本茜伝承プロジェクトで復元した衣装『茜』と共に、吉田勘彌氏は国内外で数多くの場所で衣装を披露して絞り染めや、草木染めの啓蒙も文楽人形遣いの視点からお話して頂いてます。大変感謝です。是非皆様夏休みは、大阪 国立文楽劇場へお運び下さい。

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京鹿の子絞振興協同組合の活動 2025年度−小袖復元①
2025. 6. 28本日、京都染織文化協会様にて、第一回目の打合せ。●白羽二重織地紅葉水玉文様小袖肩と裾回りに紅葉模様と、全体に水玉文様が各種絞り技法で表現されています。涼やかで季節感のある『桂女』の小袖衣装です。桂女(かつらめ)平安時代後期に、供御人として桂川で獲れた『鮎』を朝廷に献上する『鵜飼集団』の女性が源流といわれ、神功皇后を主祭神とする御幸宮神社に属していました。頭に長い白布『桂包かつらづつみ』を巻く習慣があったのは、桂女の先祖が神功皇后から戴いた『腹帯』と云われています。諸説ありますが、、、他に、桂飴売りなどの行商、予祝芸能者、婚礼や出産の時に祝詞をとなえる『巫女』なども業としていたようです。日本書記には、既に『葛野』として登場している『桂』は、下桂荘の由来する下桂村を指し、『桂女』が住んだとされています。さてさて、そのような桂女の小袖復元ですが、これ又技法がシンプルなようで難題が多き小袖です。

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色を解く −黄色 金色 黄金色−
2025. 6. 21櫨ハゼ染め●私にとってはなかなか手に入りにくい貴重な櫨。京都京北の染織仲間が丸太粉砕に協力してくれました。櫨ハゼは、戸田の森林組合の方が、剪定の機会に数年に一度分けて頂いており、感謝してます。農林省外局林野庁が設定している、日本国土の70%は森林に残す、と云う規定は守られていると思いますが、山を整備する方々は命懸けの作業。山の保全も全国的に見ると人手不足が深刻のようで。需要はあっても木を切り出せないとか。農林業共に、我々繊維業界は密接な関係にあり、これからの時代に新たな取り組みが必要になって行くと思います。

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京鹿の子絞振興協同組合の活動
2025. 5. 29『襷海松文様小袖』たすきみるもんよう復元制作の完成(公社)京都染織文化協会様よりの制作依頼頂いた小袖。『淡萠黄紋綾地柳桜文様袿』が無事制作を終え、納められました。一見シンプルな絞り技法色彩に思われますが、各工程に現代の職方の創意工夫が隠されています。100年前の小袖復元の品が100年後の方々にどの様に映り、影響するか。絞りに限らず、伝統工芸に携わる人々が減少してはいますが、現代しか出来ない最高の手技を形にして残す事は、大変重要です。我々も又、先人が製作した桃山、慶長、寛文小袖などから多くを学び染織のヒントを得る事が出来ているのですから。

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京鹿の子絞 振興協同組合事業
2025. 5. 1小袖復元ー解き 湯のし海松(みる)絞りの染色後、解き→湯のし、と加工が回り仕上がり間近に。絵画に見る『絞り職人』については、『近世職人尽絵屏風』の現存作品が他の職についても、きわめて多く現存しています。その多くは、喜多院蔵『職人尽絵』(加納吉信筆)と構図、図様を同じくし、吉信らが求めたものは、洛中洛外図の屏風のような京の景観中の職人ではなく、作者が直接工房へ立ち入り、職人の生態をつぶさに観察したことにリアルさを感じます。誰が何を原料とし、どのような工程で各職生産されているか、各工芸品の異なりも描写。建物によっても、当時の各工芸の経済力も見て取る事ができるような、重要な資料となる屏風絵です。今後、学術的研究が望まれるものでもあります。参考資料 小学館近世風俗図譜No.12職人

